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冬桜抄-さくらがたり-

作品名

冬桜抄-さくらがたり-
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神隠しの記憶はないけれど、覚えていることが三つある。
手を引いてくれた誰かの影 花の匂い そして、「来い」という声と「来るな」という声―



いつもの帰り道。ふと、知らない道に迷い込んでしまったことに気が付いた。
隣には、一緒に家路を急いでいた幼馴染の【真人】の姿。
携帯は圏外。戻ろうにも来た道はなくて、深まる霧の中を私たちはただひたすら進んだ。
しばらく歩いた先にあったのは、大きな屋敷と葉の落ちた桜の大樹。

「なんで来た。来るなって言ったろ」

――そう言って不機嫌そうに睨む青年【吹雪】だった。
来るなと言われても辺りは真っ暗で、帰り方もわからなくて、私と真人は一晩の宿を借りることになる。

一夜明けて屋敷を出た途端、私たちは霧に覆われた灰色の景色に絶望する。
白くて深い霧はあたりを包み込み、広い庭から続く森はどこまでも深く、私の住む花面町は……どこにもない。
ここは私の知っている世界じゃない。

「ようこそ、花裏へ」

私たちを歓迎してくれる屋敷の住人たち。
人ならぬモノ―――【垂氷】、【陽向】、【霧島】。
庭には精彩を無くした桜の樹。徐々に思い出される神隠しの記憶。
手を引いてくれた誰かの影。そして、「来い」と呼ぶ声と「来るな」と叫ぶ声

私には呪いがかけられた。
幽玄な世界はのんびりと、でも容赦なく、私に究極の選択を迫ってくる。
正しい答えはどこにもないのに、たった一つを選べという。

それなら。
あなたが私の手を取るなら、あなたが私を選んだなら、あなたが私なしで生きられない運命なら
「あなたにあげる、なにもかも」

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